結局晩ご飯は23時過ぎました

  • 2012.04.27 Friday
  • 13:26
姉妹喧嘩である。

きっかけはなんだったのか知らないが、帰宅すると娘たちの雰囲気が非常に険悪なものとなっていた。

な、な、なんだお前たち。この狭い部屋の中になんで間仕切り作ってるんだ!

狭いリビングの真ん中にわざわざソファーを移動して、二人はそれぞれ部屋のすみっこに座り、背中を向け合って宿題か何かに勤しんでいる。

ちょ、邪魔だから片付けろよ!

私が文句を言ってもそこは反抗期。ふたりとも一言もない。

喧嘩したのか。どうせ大したことじゃないんだろ。何があったんだよ。

しつこく聞くと、上の娘がしぶしぶ口を開いた。

カレー。

は?

カレーで揉めた。

は?カレーで揉めた?意味分かんないぞ?

下の娘が口を挟んだ。

普通、カレーって言ったら豚じゃん!なんで鶏ももなんだよ!パサパサするじゃん!

上の娘も言い返す。

うっさい、デブ!お前がダイエットだなんだ言うからチキンにしたんじゃないか!

豚だってたいしてかわんないよ!大体私が買い物行くって言ったのに、なんで勝手に買ってきてるんだよ!

なるほどなるほど。お前らくだらないことで喧嘩してるなあ。

くだらない?
くだらない?

同時に矛先を向けてきたので、私は口をつぐんだ。

わかったよ、豚でいいよ豚で!豚食って豚になれ!

下の娘はむくれて、ひどいことを言いながらしばらくテーブルの上のカレールーを見つめていたが、
急に立ち上がって、財布を取ると

お姉!ちゃんと買い物しろよ!

と言い捨てて、外へ出ていった。

カレールー、肉、人参、じゃがいも、なぜか我家の定番エリンギ。

レジ袋の中の物をなんとなく見ていると、ほどなく下の娘が帰ってきた。

ごっそりと玉ねぎを詰め込んだレジ袋を台所にどすんと置くと、

カレー、作る。

下の娘が宣言した。

は?俺が作るから別にいいぞ。おまえは宿題やってろよ。

私が言うと、下の娘は何故か姉のほうを睨みつけながら、

お父さんは今日はいい。私が作る。

まあ、ありがたい話なので、私は自室に行き、着替えて本などを読むことにした。



…めてよ

リビングから上の娘の声がかすかに聞こえた。

もう、わかったからやめてよ!

何事かと思い自室のドアをあけると、狭い我が家が玉ねぎの臭いで満たされていた。

台所へ向かうと、上の娘の声がまたした。

わかったよ!もう買い物はあんたに任せるから玉ねぎやめようよ!



ラーメンどんぶり三個に山盛りの玉ねぎのみじん切り。

さらに、まだ3個の玉ねぎの皮を剥きながら下の娘がにやにやしながら言った。

カレーにはね、たっぷり飴色に炒めた玉ねぎをいれると美味しいってお父さんが言ってたでしょう?野菜室にも残ってたの気付かなかったけど、さらに増量できて良かったね。

どこから引っ張りだしてきたのか、水泳教室に通ってた時のゴーグルをつけて、下の娘はにやにやしながら、さらに玉ねぎを刻み始めた。

上の娘は窓をあけることには考えが回らないらしい。おろおろしながらしみる眼を押さえて、下の娘に懇願するばかり。


ま、カレーが美味しくなる分には良いかとも思い、私は自室にこもって再び読書に勤しむことにした。

(実話)



傾斜

  • 2012.03.23 Friday
  • 18:37
 こっちだ!こっち!もたもたしてねえで早く来やがれ!

急に大声がしたかと思うと、ねじり鉢巻にハッピを着た、いかにも大工の棟梁といった出で立ちの男が、弊社の事務所に上がりこんできたのです。

おら、しげる!おめえがそんなだからこうやって皆さんに迷惑かけちまったんだ!早く来やがれ!

後ろを振り返り弟子らしき人物に怒鳴ると、棟梁はたまげて自分を見つめていた私達事務所スタッフの方を向いて、急に愛想笑いを始めました。

いやあ、皆様、お仕事のお邪魔をして、本当に申し訳ございません。いや、うちのしげるのバカが、こないだの工事でしくじりやがってですね、ちょいと修繕いたしやすんで、いや、ちょこちょこっといじくるだけですから、大した時間もかかりませんので…おう!しげる!しげる!

ハ、ハイ…オヤカタ

おずおずとドアの影からしげると呼ばれた青年が現れたのですが、その姿を見て私たちはまたしてもたまげたのです。

オヤカタ…ワタシノオチドデショウカ…

どこからみても外人さんのしげる君は、棟梁を恨みがましい目で見ながら、棟梁の言う失敗が自分のせいではないことを主張しました。

おまえ!この期に及んで、まだ自分が悪くねえとでも言うのか!

デモ、オヤカタ…

いいから見やがれ!

棟梁はビー玉をポケットから取り出すと、床の片隅にそっとおきました。

顎で示されて、しげる君がビー玉を凝視し始めました。

もちろん私達も気になって、ビー玉を見つめました。

自分の鼻息が気になる程の時間が経った頃。

ビー玉が少しずつ転がり始めたのです。

一度転がり始めると、ビー玉は止まることなく、部屋の反対側まで転がっていきました。

どうでえ!床が傾いているだろが!

棟梁はしげる君を睨みつけました。

床が傾いた所で生活すると!少しずつ疲れがたまり!身体がおかしくなっちまうんだよ!

しげる君が何か言おうと口を開けるより早く、棟梁が畳み掛けました。

この事務所の皆さんは、お前のせいで、10年は早死にするんだよ!謝れ!

デモ、オヤカタ…

でもじゃねえ!早死する皆さんに謝れって言ってんだ!

イヤ、オヤカタ、コレハワタシノオチドデショウカ…

しげる君はなかなか強情です。

いいかげんにしねえか!

オヤカタ…ワタシ、コノゲンバ、キテナイヨ

あん?

ワタシ、オトトイカラオヤカタノトコニ キタバカリデスヨ

あん?

アト、オヤカタ、ワタシ、スティーブデス

あ!なんてことだ!お前さんしげるじゃなかったか!すまねえ!本当にすまねえ!

イインデス、オヤカタ、ベンキョーニナリマシタ。カタムイタ ユカデ クラスヒトハ ハヤジニスルンデスネ。キモーニメイジマス

お、お前ってやつは、なんてやさしいんだ!気に入った!よーし、晩飯食いに行くぞ!

アリガトーゴザイマス

棟梁は、ふと気づいて、私達の方を見ました。

あー。しげるを連れて、また来ます。お騒がせしました。




二人が帰ると、しばらくして部長が言いました。

せめて煙草やめて、プラマイゼロにするか…




後任人事

  • 2012.02.11 Saturday
  • 12:51
 昨日見た夢そのまんまです。



会社でパソコンに向かい、昨日の売上データを眺めながら、気になる店に電話して文句を言ったりしていた時のこと。

あごひげが一本だけ剃り残されて、何気なく触った指先に触れたわけです。

しばらく指先でつんつんと触れて、その感触を確かめた後、おもむろに引っこ抜こうとしたわけです。



手応えはありました。



つまんだ指に、しっかりとひげの感触はありました。


ところが、ひげ自体はまだ抜けきれず、あごから生えていたわけです。

毛穴の中に隠されたひげ部分が埋まっていた感じでしょうか。

で、改めてもう一度ひげを引っ張ったわけです。



いやあ、伸びる伸びる。



ひげが10センチちかくも毛穴から出てきたわけですよ。

さすがにビックリして、声を出しちゃいました。


な、な、なにこれ


すると、向かいの席の山口さんが、私の方を見て、小さな声を上げました。


あ、おま。


なにか言いかけて、すぐに真剣な顔をして山口さんは社長室の方へと駈けていってしまいました。


ちょ、ヤマさん!ひげ、あくまでひげですから。ひげですから。


私が声をかけるのも聞かず、山口さんは社長室へと駆け込んでしまいました。

それにしても、長いひげです。

いまだに毛穴にはひげがつながっている感触がありますが、先端は指先にしっかりと残っており、私はそれを鼻先へ持ってきてまじまじと見入っていました。




程なくして、社長が私の方へやって来ました。

山口さんも何を吹き込んだか、社長は非常に真剣な眼で私の方を見ています。


あ、社長。なんだか、ものすごい長いひげが生えてきちゃって。何でしょうねえ、これ。


私の声にも反応せず、社長はしばらく私のひげを見つめていました。


俺も、あと1年で定年だ。


社長が静かに言いました。


は?どうしたんですか社長?


誰にこの仕事を引き継ごうかと、思い悩んでもいたが、安心したよ。


え?どういうことですか?社長?え?


しっかり頼んだぞ。


そう言うと、社長はおもむろに左腕をまくりあげました。

二の腕の真ん中に大きめのほくろがあり、社長は、ほくろの真ん中をつまむと、勢い良く30センチはあろうかという、ほくろ毛を引っ張り出しました。

毛先を、私のひげの先に近づけようとしながら、社長はもう一度言いました。


しっかり頼んだぞ。

小学生の時揃い踏みしてたクラスがあった

  • 2012.01.21 Saturday
  • 22:25
僕の大好きな大山さんが今回の席替えでななめ前の席に来ました。

大山さんはいつもニコニコ笑顔の女の子で、クラスの一番人気です。

そして僕の前の席には、男子で一番人気の小山君が来ました。

大山と小山ー!

回りの友達は二人を冷やかしました。

男のほうが小せえー!

僕は二人が仲良くなると僕が大山さんと仲良くなれなくなるのでけいかいしました。

小山くんと結婚したら名前があんまり変わらないからつまらない。

大山さんはいつもそういって、小山くんのことをバカにする。

だから僕は安心していました。

でも、今回はとなりどうしの席です。

僕のしんぱいは最高になりました。

そこで、僕はお母さんにそうだんしました。

あら、そんなことしんぱいしてたの?

お母さんは大したことないよと言って、僕にないしょのじゅもんを教えてくれました。

このじゅもんをとなえれば大山さんと小山くんはえいえんに結ばれることはないのだそうです。

次の日、大山さんと小山くんがせきについたしゅんかん、僕はじゅもんをとなえました。

すると、次のしゅんかん、先生が教室に入ってきて言いました。

残念ですが、小山くんが引越しをすることになりました。

なんと、じゅもんがきいたのです。

前の席があいたので、僕がひとつ前にずれて、大山さんのとなりになりました。

大山さんは言った。

中山くんは、もっと中途半端な名前よね。

茹で方

  • 2012.01.07 Saturday
  • 14:36
… 熱いシャワーが好きか?

帰宅して風呂場で髪の毛を洗っていると、背後から低い声がした。

…熱い、熱い、シャワーが好きなのか?

眼にかかっていたシャンプーを洗い流して、声のした方を振り返ったが、人の気配はない。

我が家には私以外男はいないので、当然であるが、低い声が聞こえるはずはない。

疲れていたこともあり、空耳だろうと思った。

…何故、そんな熱いシャワーにするのかなあ。

しかし、声がまた聞こえてくる。

思いの外低い位置から声がしたので、目を向けると、いつもの蛸だった。

時々私の夢に出てきて、私に説教する蛸である。湯船のヘリにへばりついてこちらに触手を一本ふりあげてなにやらお怒りの様子だ。

ということは、ははーん、湯船でねっちゃってるな、俺。

…その通り。また、湯船で寝ちゃってるよ。で、せっかく風呂に入っておりながら情けない。何故、シャワーを浴びる夢を見ているんだ、お前は!

案の定蛸が説教してきた。ゆだってしまえ。

…そこだ。大体お前はアトピー体質なんだから、熱いシャワーを浴びたらいかんのだ。血行が良くなりすぎて体中痒くなるだろうが!

蛸が余計なことを言う。

…よ、余計とは何だ!大体、お前、お湯の設定何度にしているんだ!

普通に40℃である。そんなに文句を言われるほど熱いとは思えない。

…40℃!よんじゅーどー?お前、42℃までいったらタンパク質だって固まってしまうぞ!下げなさい!もっと下げなさい!

娘たちも特に文句なく落ち着いた設定である。蛸風情に文句を言われる筋合いではない。

…なあ、ホントに体に悪いから、ね、温度下げようよ。ね。

蛸が猫なで声を出し始めた。

ふと見ると私に向けて振り上げている触手の先が赤く染まっているのがわかった。

なるほど、そういうわけか。

…な、なにをする。

設定温度を42℃まで上げてみる。

…だめ、だめです。やめましょう。もう怒らないから。ね。やめましょう。

蛸の吸盤がほんのり赤く染まってくる。

…美味しくないから。美味しくないから。ね、やめましょう。

よくよく考えたら、そんなぬるま湯でじわじわ茹でた蛸なんて美味しくなさそうだなあ、と思った所で目が覚めました。



後輩の話

  • 2011.12.23 Friday
  • 23:40
会社の後輩が飲み会の席で語った話。

たいそう切なげな表情で語った話であるが、どこら辺が切ないのか、結局わからなかった。

数日前の長い会議が終わって、私たちはそれぞれ現場へ向かったのだが、後輩は一人本社に残り、書類を片付けて現場へは行かずに帰ったのである。

我社は住宅街の中にあって、駅からは10分くらいかかる為、遅い時間になると誰ともすれ違わずに、駅前のイトーヨーカドーに辿り着くくらい静かな通りを帰ることになる。

後輩は21時過ぎまで仕事が押してしまったので、一人寂しく住宅街を抜けて帰ることになったわけである。

会社を出て最初の曲がり角を曲がったときに前方の民家から、女性の大きな声が聞こえたそうだ。

大きな声といっても、そう切羽詰まった感じではなかったため、あまり気にも止めずに歩いていると、不意に声のした家の玄関が開き、40代くらいの主婦が飛び出してきたのである。

後輩はたまげて、立ち止まったそうだ。

そのすぐ脇をかすめるように、主婦は裸足で走って逃げていこうとした。

次の瞬間、同じく40代くらいの男性が同じく裸足で玄関から飛び出してきたそうだ。

男性も血相を変えて、主婦を追いかけようとしていた。

後輩は足がすくんで動けずにいたが、何とかしなくてはいけないと思い、男性の後に続こうとしたそうだ。

ふと見ると、男性は茶碗を片手に持っていたそうだ。

さては、あの茶碗を武器として使うつもりかと、何故か後輩は思い、その茶碗さえ男性から奪い取れば、この件は丸くおさまるのではないかと思ったそうだ。

後輩が金縛り状態から解け、男性を追いかけようとした時。

「だから、間違えただけだって言ってるでしょう」

主婦が大きな声で男性に叫んだそうだ。

「バカ言え」

男性は憤懣遣る方無いと言った風情で、もう一歩主婦に詰め寄り、持っていた茶碗を案の定投げつけたそうだ。

幸い茶碗は主婦には当たらず、近くの側溝に転がったそうだ。

街灯に照らされて、始めて気づいたが、男性は口の周りに泡を付けていたそうだ。

「バカを言え」

もう一度大声で言うと、男性は一息ついて、回れ右をして飛び出してきた家の方へ戻りつつ言ったそうだ。

「ラー油かと思ったら、シャンプーじゃねえか!」

本人は「あいつ嫌い」と言ってます

  • 2011.12.13 Tuesday
  • 12:08
 同僚の武田くんは多分猫である。

「おはよー」

「おはよー」

「きょうの会議って1時からだよねえ」

「…」

「武田くん?きょうの会議って1時からだよねえ」

「…」

「武田くん?」

「あ。なに?」

「え?何って、今日の会議…」

「あ。1時からね。そうそう…」

「どうしたの?」

「…」

「おーい!武田くーん!」

「ん?あいや、何でもないよ」

「なんだい?どこみてたんだよ?」

「あいや、別になんでもないよ」

「そう?でさ、売上資料まとまった?」

「あ、一応形にはし…た…」

「武田くん?武田くん?」

「…」

「大丈夫か?」

「あ、ごめんごめん、なんでもないんだよ、なんだか、あの隅っこが気になって」

「心配だなあ…」

「疲れでしょ。大丈夫」

「あ、それからさ、今度引き継ぎするあの店なんだけどさ」

「うんうん」

「どうも、引き継ぎ前に大掃除しないと駄目だわ」

「なに?問題でも?」

「うん、あそこって結構近くに川が流れてるんだよ」

「ああ、あるねえ」

「で、下水管が多分壁面近くを通ってる」

「うんうん」

「古い街だからさ、下水管も亀裂とかあるんじゃないかな」

「…」

「武田くん?」

「…」

「武田くん?」

「あ、ごめん。で?」

「…大丈夫か?」

「大丈夫。で?」

「厨房にさ、あのさ、出てくるんだよ」

「何?」

「チュー」

「…」

「…ねずみ」

「ねーずーみー!」

「そうなんだよ」

「ねーずーみー!」

「声でかいよ!仕方ないだろ!」

「ねーずーみー!」

「…」

「…」

「武田くん?」

「…」

「その壁に、何が見えるの」




冬の怪談

  • 2011.12.07 Wednesday
  • 12:22
 仕事の関係で私たちはデパ地下で閉店後に作業をすることがある。

たいがいは終電までには終わらせたいという熱意が立ち込めて、みんな黙々と自分のやるべき仕事に情熱を傾け、あんまり無駄口は叩かない。

しかし、時には最初から始発に乗れたらいいなあ、という場合もあり、まかり間違って始発まで3時間を残して作業が終わったりすると、明け方外に出ても何も出来ないので、途中で長めの休憩をとって時間を潰すわけだ。

休憩時間中はくだらない話をして過ごす。

よくあるパターンで、上司の悪口を言ったり、同僚の失敗談を言い合ったり、ま、大変サラリーマンらしい夜の過ごし方をするわけである。

その日もひとしきり、あの店の店長が帽子を脱いだのを見たことがない。あいつは間違いなくヅラに違いないなどといったひどい話をしていたのだが、いつの間にか怪談話に花をさかせることとなった。

私は怪奇現象とは縁遠く、こんな時は赤ちゃんや猫が何もない部屋の一点をじーっと見てるのはなんなんだろうねえ?といった投げかけをして逃げてしまう。

今までの経験上、私と同類で霊感皆無の近藤君も当然口をつぐむタイプである。

ところが、ひとしきりお決まりのパターンの話が終わったときに、近藤君が口を開いた。

実は…

お?近藤君なにか仕入れたの?実話?え?実話?

そうなんです。この間、生まれて初めて幽霊に会ったんですよ。

おお!やったね!

やったねじゃあありませんよ…怖かったですよ。

全員、実話とは信じていない。どこかで聞いてきた話だと思っている。ネタを仕入れてきたんだな。お手並み拝見。

ほら、この間、早朝にどうしてもうちの弁当が食べたいっていうお客さんがいて、先輩に相談したじゃないですか。

ああ、あったね、俺、あの日朝から会議だったから手伝えなかったんだよな。

そうですよ。お陰で仕方なく、俺、仮眠して夜中から弁当作ることにしたんですよ。

あ、あれ、受け付けたんだ。おまえ、えらいねえ。

いやあ、お得意さんなんですもん。たまにはサービスしないと。

で?

…そう、で、一人っきりで厨房に入って、弁当作ってたんです。

ん。お疲れ。

夜中、2時頃から始めたんですよね。あれって残業代付きますよね?

付くよ、そりゃあ。

よかった。部長がね、お前の売上になるんだからいいじゃねえか。とか言うんですもん。

そりゃあ、冗談だよ。間に受けなくていいよ。で?

あ、そうそう、3時過ぎでした。うちの厨房以外真っ暗なはずのフロアが急に明るくなったんですよ。

なにそれ!人魂?人魂なの?

あ、で、ビビってたら、急に反対側のドアから

ひぃぃぃぃぃぃ

…警備員さんが、電気の点検でーすって。

ゴリッ

いや先輩げんこつはやめてくださいよ、冗談です、冗談ですよ。でも、最初はすげえビビったんですよ。ホントに。

お前の話はもう聞きたくない。

いや、続きがあるんですよ!

わかったわかった、続けなさーい。

ん。でね、警備員さんに脅かすなよって文句言って、そしたら、警備員さんが缶コーヒー差し入れしてくれて、そんな事はどうでもいいんですけど、それから30分くらいしたらですね。

おお。

最初、俺も包丁使ってたんでよく聞こえなかったんですけど、ほら、あの、3軒先の中華の店。

ああ、聘◯樓ね。

そう、あそこの厨房から何か聞こえた気がしたんですよ。

お前、それ、早起きの李さんじゃねえのか?

違いますよ。聘◯樓さん、6時にならないと誰も来ないですもん。

そうだなあ。それって3時頃なんだろ?

そうですよ。最初、何人かの声が聞こえた気がしたんですよ。

うんうん。

で、また聞こえなくなったんで、弁当に戻ったんですけどね…

うんうん。

10分もしないうちにね

うん。

パシャーンって大きな音が聞こえたんです。

ラ、ラップ現象!

俺、もうビビッって、警備室に電話したんですよ。

おう、そりゃそうだ。

でも、出ない。警備員さんもね、最終見回り終わって、寝ちゃったんですよう。

お前一人っきりなわけだ。

です。で、そしたら、急にまた、人が話してる声が聞こえ始めちゃって…


俺もう泣きそうだったんですよ。


あれ、絶対、不慮の事故で亡くなったコックさんかなんかだと思うんですよね。


絶対あれ、中国語なんですよ!

また、随分怖い初体験だな…

ホントですよ。俺異動願いだそうかな…

ま、ほら、めったに無いことじゃねえか、大丈夫だよ。

…ええ、でもね…


何言ってるかわからない話し声って、不気味ですよね…


で、あんまり怖かったんで、ちょっと変になってたんでしょうね、俺、聘◯樓さんの厨房まで行ったんです。

え…お前勇気あるなあ。

いや、もう、居ても立ってもいられなくて…


で、売場側から厨房を覗いたんですよ。当然真っ暗。誰もいなかったです。


でも、また自分とこに戻ろうとしたら、やっぱり、何か聞こえるんです。


でね、思い切って声をかけてみたんです。


俺ね、おかしくなってたんでしょうね。なんて言ったと思います?

え、ああ、なんて言ったんだ?

おーい。お客さんだよ!

…なんか、わかる気がするよ。

そしたらね…


…返事されちゃった…


アイヨ、チャーハンイッチョウネ!


同僚の見舞い

  • 2011.11.17 Thursday
  • 17:30
同僚の岸根君が入院して、はや半月となった。

忙しい日々を過ごしていたので、なかなか見舞いに行けず、気になっていたのだが、岸根君が入院した病院が、かなり遠方にあるため、誰も見舞いできないままとなっていた。

さすがに誰か顔を出さないと、ということになって、多少近い所に住んでいる私が、代表して見舞いに行くことになった。

岸根君が入院した病院は、箱根の方にある。

昔だったら、熱海や箱根の病院ということになったら、結核患者のサナトリウムという趣きだ。

岸根君の病名は結核ではなくて、私は一度聞いたものの、覚えられないような、難しい病名だった。

登山鉄道の終点で降りると、我が社の看板を持った、ハッピをきた男が立っていた。

当然、私が看板をまじまじと見たので、それと悟った男は、すぐさま私の元にやってきた。

岸根様のお見舞いの方でいらっしゃいますか?

男に問われて頷くと、男は作り笑顔で、私の労をねぎらいつつ、送迎バスのような車へ案内してくれた。

珍しいですね。病院の送迎バスですか。

びょ…ええ、ええ、そうですともそうですとも、わたくしどもの病院では、お客さ…お見舞いの方の便宜を図る為にお車を用意させていただいているんですよ。

非常に親切な病院だなあと感心しつつ、バスに乗り込み、程なくして病院に到着した。

看護師長らしき女性が、入り口の所で待っていて、私の姿を見ると恭しく挨拶をしてくれた。

いらっしゃいませ。長々とお疲れでしょう。

いえいえ、ご丁寧にすいません。ま、同僚が病気だというのに、なかなか来れなかったので、疲れた等と言ってられませんよ。

岸根様は、今、手術中なんですよ。

え…手術…

さようでございます。せっかくお越しいただいたのに、手術などと無粋で申し訳ないとのおことづけです。

え?手術ってことはですね、お会いするのは…

さようでございます。術後の容態が安定するまでは、お控えいただかないといけませんので…

あ…そうですか…

さようでございます。

どうしよう…全く会えませんか?

申し訳ございません。

…わかりました…えーっと、手術はどのくらいで終わるんでしょうか?

それは何とも申し上げられません…順調であれば数時間ですが…

困った事になってしまった。私も予定がある。そんなに長居は出来ない…

ところで、当病院ですが、ご存知でしたか?

なんですか?

当病院には温泉旅館が併設されており、お見舞いのご家族の方は格安でお泊りいただくプランが準備してございます。あ、失礼致しました。お忙しい方にそのような事を申し上げても、お困りになるばかりですよね。

ちょうど、携帯が鳴ったので、看護師長に頷いて出ると、上司からだった。





どうだ、岸根くんの様子は?


おい、どうした?


聞こえるか?岸根君はどうだ?


電波が悪いのかな?聞こえるか…

部長…

お、聞こえた聞こえた。岸根君大丈夫か?

部長…実は私の具合まで…

なんだなんだ?どうしたんだ?

ここに着くなり、非常に体調が悪くなってしまい、今ですね、診察を受けようとしているところなんです。

え。大丈夫か?まさか岸根君の病気が伝染ったんじゃ…

可能性はあります。とにかく、診察を受けて…うっく…

大丈夫かー!





電話を切って看護師長と目があったので、私は一週間の連泊を頼んだ。

岸根君、ありがとう。


松下君は遅刻するそうです

  • 2011.09.22 Thursday
  • 12:19
そりゃあ台風だから風が吹き荒れてるのは仕方ないのだが、それにしても派手な台風だ。

朝から薄暗く傘もさせない強風の中を必死になって前進していた。

電車も若干遅れ気味で本社までの間に一服するような余裕もなく、タバコが吸いたくて仕方ないのだが、この強風では当然屋外で吸うところなど無い。

多少の強風であれば、女性のスカートがはためくのを見てときめくなど、楽しみを見出す余裕もあるのだろうが、この状態ではたとえAKBが全員スカートをはためかせていても、見ている場合じゃない。

台風>AKB

である。

ゴミ捨て場のビニル袋やら落ち葉やらが時折ものすごいスピードで自分めがけて飛んでくるのに、驚きながら約10分の会社までの道のりを歩いていた。




パタパタパタ




矢庭に後方から、派手な足音が近づいてきた。




パタパタパタ




どんどん足音が近づいてくるので、何をそんなに急いでいるのかと振り返ろうとしたその時。

おっはよー!

と大きな声と共に、わたしの左腕を足音の主がつかんだ。

非常に驚いて顔を見ると、同僚の松下君だった。

松下君は私の左腕を掴んで離さないまま、先程と同じペースで走ろうとする。

ちょ、ちょっと待ってくれよ。松下。そんなに急がないでも間に合うから。

いやいや、見てみて、みて、このマント!

たしかに松下君はドラキュラみたいなマントを羽織っていた。

な、なんなの、それ?止まって、止まってよ。

松下君のスピードは緩まない。

いやいや、このマントさ、風を受けるとすげー早く走れるんだよね。どう?

お、俺を巻き込まないでいいから!ね、先に行っていいから!

なんとか松下君の手を振りほどくと、松下君は振り返りもせず、

じゃあ、後で本社で!

と叫びながら、マントに押されるように再び全速力で走りだした。

さながらコウモリのような、その後ろ姿が曲がり角の向こうに消えて、私はホッと一息ついた。






パーン!






前方で何かが何かに派手にぶつかった音がした。








私は普段より一つ前の四つ角を曲がることにした。


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